2017年12月にハリルホジッチ監督を解任しなかった政治的考察と協会内派閥

2017年12月にハリルホジッチ監督の解任の条件はあった。しかしこの時の解任は政治的に考えると行うべきではなかった。ハリルホジッチ監督の解任をより政治的に考察してみた。

2017年12月に解任無し

2017年11月10日に日本代表1-3ブラジル戦、14日に日本代表0-1ベルギー戦、12月16日に日本代表1-4韓国戦と3つの負けを喫した。

12月16日の韓国戦に関しては、E-1サッカー選手権決勝大会最終戦で、9日の日本代表1-0北朝鮮、12日の日本代表2-1中国と勝った後で、しかも国内組だけの試合ではあったが。

解任の条件はそろっているとも思われる。

ハリルホジッチ監督を解任するのであればここで解任すべきだったのでは。

しかしここでの解任はなかった。

ここで解任するべきだったのか、解任するべきではなかったのか、田嶋会長の心情とは無関係に政治的に考察する。

解任を遅らせる政治的考察

政治的に考えると2017年11月ブラジル戦・ベルギー戦や12月の韓国戦の後にハリルホジッチ監督を解任するのは得策ではない。

理由は翌年の2018年1月に会長選挙を控えているからだ。

監督解任すれば会長に対して世論から責任問題が浮上する。

それに乗じて会長選挙で対抗馬の立候補者を立てられる可能性がある。

会長選挙の弊害

2017年4月に当時の岡田武史副会長が2016年1月の会長選挙による協会内分裂の弊害を協会内部で訴えた。

岡田氏に限ってそんな事はしないと断言できるが、政治的に考えれば2018年選挙を田嶋会長に有利に運ぶ為に、事前に選挙による協会内の弊害を訴えて、対抗馬が出ないようにするという見方もできる。

2016年の会長選挙の後には幹部はもちろん職員もその影響とみられる辞職があったそうである。

政治的に考察すれば2018年会長選挙への布石とも見える。

2018年会長選挙の行方

2017年12月に監督解任してまったら、その2か月後の2018年1月の会長選挙で、2016年の6票差の選挙の二の舞になる可能性もある。

しかも初めての選挙ともいえる2016年会長選挙で勝った田嶋会長は、負けた原氏と関係の深いスタッフに粛清ともいえる降格人事を行っている。

サイト内リンク:2016年サッカー協会会長選挙がハリルホジッチ監督解任の始まりか – サッカー日本代表考察

その上、降格人事の後辞任した原氏とつながりの強い当時の霜田技術委員長が招聘したハリルホジッチ監督を解任するとなると、これも報復行為と言いがかりをつけてこないとも限らず、2018年の選挙で対抗馬を立てられる可能性もある。

繰り返すが2016年の選挙での得票差はわずか6票だった。

6票差なんていざ選挙になれば何が起こるかわからない。

つまり2018年1月の会長選挙を政治的に考えれば、2017年12月での監督解任は考えられないという事になる。

専権事項で独断か

以上の全ての記事の内容はあくまで政治的な考察であって、真実は田嶋会長の心の中にあり、「さまざまことを総合的に評価して」サッカー協会会長の専権事項として独断と思える判断で、ハリルホジッチ監督を解任したのだから、「さまざまな」理由の具体的な数々は誰にもわからない。

しかし年間200億円ともいわれる売り上げのあるスポーツ組織が、会長の独断で、600億円ともいわれる放映料をはじめ、千億円以上のお金が動くワールドカップに臨む日本代表の監督を、多くの人がわかりにくい理由で解任してしまうというのは、組織のあり方としていいのだろうか。

問題は田嶋会長の独断にあるのではなく、会長の独断で、理事会等に諮る事もなく、代表監督の首を切れる日本サッカー協会の規約にあるのではないか。

日本サッカー協会にあると言われている派閥

もう少し詳しく日本サッカー協会内部の派閥について書いておきたい。

現在日本サッカー協会内には大きく分けて2つの派閥があるようだ。

Jリーグの前身であり1992年まで存在した日本サッカーリーグ(Japan Soccer League/JSL)時代のチームの古河電工(現・ジェフユナイテッド市原・千葉)出身選手の「古河派」、三菱重工(現・浦和レッドダイヤモンズ)出身選手の「三菱派」。

田嶋会長は古河電工出身選手で、2016年会長選挙で負けた原氏は三菱重工出身選手である。

出身大学でも学閥のようなものがあるようだ。

田嶋会長、西野代表監督、岡田武史前副会長はいずれも早稲田大学である。

アマチュアだった頃のサッカーリーグ

サッカー界はJリーグが1993年に発足されるまでプロリーグではなかった。

他のスポーツ同様に、企業が選手を社員として雇い給料を支給し勤務環境も調整しバックアップしながら、企業が所有するチームでプレーしていた。

日本サッカーリーグが誕生する1965年までさかのぼっての話で、誕生した時に尽力してくれたのが、当時の企業の社会人チームの強豪だった古河電工、三菱重工、日立製作所(現・柏レイソル)と言われている。

当然新しいものを作る時、古いものの人たちは抵抗する。

日本サッカーリーグ誕生への対立

日本サッカーリーグが誕生する時も日本サッカー協会との間に対立があったようである。

日本サッカーリーグは日本サッカー協会の傘下にありながら独立した形で運営された。

日本サッカーリーグを誕生させたチームの出身選手たちやその縁故関係者達が現在の日本サッカー協会のトップや幹部に就いている。

現在古河派、三菱派は協会幹部に名前が出てくるが、日立派の話はあまり出てこないのでどうなったかわからない。

会長人事と派閥

その派閥の人々が2016年までは話し合いでサッカー協会の会長をはじめ幹部を決めていた。

1992年代以降の会長は

  • 第7代1992~1994年島田秀夫(三菱重工)
  • 第8代1994~1998年長沼健(古河電工)
  • 第9代1998~2002年岡野俊一郎(無)
  • 第10代2002~2008年川淵三郎(古河電工)
  • 第11代2008~2010年犬飼基昭(三菱重工)
  • 第12代2010~2012年小倉純二(古河電工)
  • 第13代2012~2016年大仁邦彌(三菱重工)
  • 第14代2016~田嶋幸三(古河電工)

これを見ると平和的に話し合いで順番に会長が決められていたことが想像できる。

つまりいかに2016年の会長選挙がサッカー協会に色々な意味でダメージを与えたかがわかる。

トルシエ監督解任未遂時の派閥と勝敗

1999年にトルシエ監督解任の話が出た時にも古河派と早稲田大学出身者の解任派、三菱派と慶應義塾大学出身者の続投派に分裂したようだ。

トルシエ監督は解任されなかったからこの時は古河・早稲田派が負けて三菱・慶応派が勝ったようだ。

しかし今回のハリルホジッチ監督の解任では古河派が強硬勝利している。

ハリルホジッチ監督の解任問題とトルシエ監督の解任未遂問題の2点だけでは判断できないが、古河派・早稲田大学派はパスをつなぐサッカー、三菱派と慶應義塾大学派は守備からのカウンターサッカーかとも想像してしまう。

となると某テレビ解説者の「仲が良かった」と自身が語りながらのハリルホジッチ監督批判の言動も彼の立ち位置や将来を考えると色々な意味でうなずける。

読売クラブ出身等は古河派の流れに乗るのか。

協会内派閥の今後

今後この派閥は次の世代の出身チームや代表選手OB達によってどのように受け継がれていくのか、それとも劇的に変化していくか、色々想像はできるが、「その時」が来なければわからない。

2018年の会長選挙の様に形だけの会長選挙制度を残してしまうと、次の世代の選手OBたちが協会の今の体制を転覆させることになるかもしれない。

日本サッカーリーグが出来た時のように。

会長選挙の弊害を訴えたとされる岡田武史氏はそこまで考えていたのだろうか。

外部参考リンク

丸の内御三家 – Wikipedia

日本サッカーリーグ – Wikipedia

歴代会長|沿革・歴史|JFA|日本サッカー協会

次の記事を書くチカラになりますので、1つづつ3つの応援よろしくお願いします。

ご覧いただいてありがとうございます。